2021年10月に開催された「GPU Computing Workshop for Advanced Manufacturing 2021」。
オンライン開催の中、700名を超える申込数となり、産業界やアカデミックまで多くの人々が視聴され、GPUの最新情報からAI、シミュレーションなどの最新技術、最新研究などの発信を興味深く見守りました。
今回はその中でも特に注目度が高かった「富岳」の開発でも知られる理化学研究所 松岡 聡氏によるDay3:GPUスパコンセッション(2021年11月25日開催)での基調講演の模様をダイジェストでお届けします。
富岳が国家プロジェクトである必然
冒頭、スーパーコンピューターが国家プロジェクトとして研究開発する意義について語る松岡氏。
同氏は「民間では賄えないITの最先端を志向するムーンショット的ハイリスクな研究開発に必要となり、合わせて非常に高い二重の投資効果があるからです」とその理由を語りました。
富岳においては1,100億円という開発費が知られていますが、欧米、中国では5,000億円~1兆円と日本の数倍の開発費がこの分野に投じられています。
宇宙開発や核融合炉など、世界に先駆けることで巨大な利益を生む研究に必要とされるのはもちろんですが、例えば富岳の場合は1,100億円をかけて開発したことにより、富士通単独で開発したケースで予測していた3倍の性能が出たといいます。
「同じ能力のスパコンを商用調達しようと思えば、3,000億円相当の予算が必要だったことになります。つまり、国家所有とすることで3倍のROIが可能となったのです」(松岡氏)
松岡氏は富岳の高性能に触れつつ、「作ってなんぼ、使ってなんぼ」という言葉を使いながら、その高い計算性能が広い応用分野で使われないと意味がないと力説。
「従来のスパコンアプリだけではなくSociety5.0のようなサイバーフィジカルな幅広い応用分野へ対応できるようにしなければいけません」と語りました。
富岳はArmの上位互換となるA64fx CPUを活用することで、オープンソース系のソフトウェアがそのまま動作することでも知られています。
「OpenFOAM、LAMMPS、GROMACS、Quantum ESPRESSOなどが問題なく動きます」と松岡氏。
そのほか、多くの商用ソフトウェアも動作し、今後も多くのプラットフォームが富岳上で動作するよう整備も進んでいます。
2021スパコン5冠を達成した富岳
2021年11月現在、富岳は世界スパコン性能で5冠を達成する偉業を成し遂げています。
GPUが強みを持つAI関連の項目では僅差の勝利でしたが、そのほかにおいては約3倍から約5.5倍の差をつける圧倒ぶりでした。
「スパコンはひとつの側面だけでは測れません。例えばTOP500だけが速いスパコンは実は実用性はほとんどないスパコンなのです。
そういう意味では5冠達成という意味は大きいと考えます」と松岡氏は手応えを語ります。
幅広い分野に応用できるという面では、開発当初から富岳にはある目標があったといいます。
「実アプリで“京”コンピュータ比で数十倍、最大100倍以上の性能向上を目指していました」と松岡氏。
その分野は社会的、科学的課題に向けられ、それぞれ、健康長寿社会の実現、防災・環境問題、エネルギー問題、産業競争力の強化、基礎科学の発展の9重点課題となっています。
「結果的に富岳では最大で130倍、平均でも70倍の性能が発揮されています」と松岡氏は語ります。
コロナ禍から日本を救った富岳
富岳は私たちの身近な脅威に対しても大きな成果を上げています。2020年から続いているコロナ禍において、テレビやSNSでも大きく取り上げられている飛沫飛散シミュレーションは特に防疫という観点で大きな影響があったといえます。
「CUBEという複雑減少統一的解法ソフトウェアは、自動車や燃焼システム、建築防災などの分野で多くの実績がありましたが、2020年初頭にSociety5.0時代のものづくりへ向けて富岳でのチューニングを行っている最中に新型コロナパンデミックが発生しました」と振り返る松岡氏。
このCUBEを用いた自動車エンジンの燃料噴霧噴射のシミュレーションが、人間の口から出るエアゾールのシミュレーションと酷似していると感じたスタッフのひらめきにより研究が始まり、実際の室内などの飛沫飛散シミュレーションへつながっていたのだといいます。
「当初はマスクをしなくても良いという人も大勢いましたが、人間が発している飛沫飛散の状況に関する科学的根拠が今までは不足していたので、それもやむを得ないことだと思います。
しかし、富岳によるシミュレーション結果は驚くもので、マスクのあるなしはもちろん、実験では再現が困難な複雑なパーティションなどの効果などもシミュレーションし、ウィルスの到達量を正確に再現するとともに、可視化することに成功したのです」と松岡氏は語ります。
これらの研究結果はすぐさまマスコミなどに向けて発表され、それがテレビやSNSを通じて拡散。根拠のある情報として日本国民に広く知れ渡ることとなり、現在のような世界でも類をみない防疫成功国としての結果につながった一助になったことは確かでしょう。
また、実際にどのような計算を行ったかについては「おおむね1,000以上のデジタルツインのシナリオを作り、1750万ノード時間を使いました。これは東大で使っているスパコンを1年間占有したぐらいの計算をしています」と松岡氏は語ります。
これは富岳に充てられたコロナプログラムだけで、日本のトップスパコンを4、5台束ねたクラスの計算をしていることになるそうです。
コロナプログラムで得た結果は、例えば感染症に強い室内設計などにフィードバックされるといった形で、再びものづくりに役立てられることになるといいます。
「その時に大事なのはデジタルツインをたくさん生成して、その中でベストなモデルを選んでいくことです。例えばAIで自動車を設計するときに、空力も良くて横風にも強いものを作り、人間から見てかっこいいという美的価値観を入れれば素晴らしい車が出来上がるのです」と松岡氏は解説します。
「将来的には富岳のような高性能なスパコンの技術がクラウドに入っていきます。
同じようなソフトウェア環境で、他のクラウドサービスと一緒になってものづくりに活かされていくのが理想的です。
一番重要なことはこの技術が世界に普及して、さらに産業の中で使われていくことです。今、私たちはそのための環境づくりに取り組んでいます」と最後に松岡氏は語ってくれました。
残念ながら、
基調講演の模様をすべてお届けすることはできませんが、このほかにも数多くの情報が開示され、大盛況のうちに松岡氏は壇上を後にしました。最後にQ&Aコーナーの模様もお届けしておきます。
質疑応答 Pickup!
質疑応答の一部をご紹介します。
Question.1
参加者からの質問
パソコンが富岳並みの性能になるのは何年後と予想しますか?
Answer
松岡様の回答
これまでの答え方でいうと30年後、といった言い方になるかも知れませんが、昔のような倍々ゲームとはいかなくなっている現状があります。いわゆるエクサスケールの性能がすぐにパソコンに降りてくるのは難しいですが、ペタスケールのものは5年、10年で可能なのではないかと思っています。
Question.2
参加者からの質問
次期富岳の開発もArmチップですか?GPUは使われますか?
Answer
松岡様の回答
内緒です(笑)。
富岳も実際に10年ぐらいかけて開発しましたから、それが完成した今、次の構想が始まっていることは想像に難くないと思います。ただし、次世代の富岳からはとても難しいのです。現在は呉越同舟的に様々な組織と共に構想を練っている状態です。
しかし、大切なのはCPUにするか、GPUにするかという観点ではなく、速度向上のためには計算技術をどこまで高められるかが求められます。ですから、科学的な根本原理に立ち返り、良いマシンが作れるようにしていくことが目標です。理研ならきっとそれができると確信しています。