GPUを基盤としたCG/AIの技術進化
GPUを基盤としたCG/AIの技術進化
西田 友是 先生
東京大学 名誉教授、プロメテックCGリサーチ 所長
1. はじめに
最近のIT業界では、人工知能(AI)、コンピュータグラフィック(CG), 仮想現実(VR)、ビッグデータ、IoT、人型ロボット、ディープラーニング、スーパーコンピュータ、クラウドコンピューティングなどのキーテクノロジーが注目されています。
特にAIは、大学生や産業界で重要さが増してきており、AI教育を受けてれば給与がいいとか、起業ができるなど話題に尽きないこの頃です。
AIとCG研究はともに1960年初頭に始まりました。CGは安定して進歩しましたが、AIは何回かの波(ブーム)を経て進歩しました。
近年ディープラーニングが現れてからはAIが再ブームとなりました。
また、GPUはディープラーニングが現れてからはCGのみでなくAIの重要な基盤技術となってきました。物理法則に基づいて、水や煙などの動きをリアルに作成することや、写真のように物理的に正確なレンダリングを行なう「物理ベースCG」は、ハードウェアの大きな進歩に伴って実用性が大きく高まってきました。
物理シミュレーションによるCGに関して、図1に著者らの照明シミュレーションを示します。
従来(1980年初頭)、CGにおいては点光源と平行光線による影しか扱われてませんでしたが、現実の世界では、こうした理想的な光源はなく光源は大きさをもっており、その影は複雑です。
大きさのある光源の場合は影の境界はぼやけてきます。この計算はかなり複雑です。
図1 (a) は世界で初めてこうした影 (半影) を計算した例です。
さらにより現実的な光源として周囲をとり囲む環境光源を考える必要もあります。
光源の複雑さのみでなく、反射光の分布は照らされる物体の構造にも依存します。
こうした要素を考えると複雑な計算となり時間を要するので、GPUを利用した高速化が必要となり、図1 (b) にその例を示します。
このように表示のみでなく複雑なモデルのシミュレーション部分にもGPUは重要な基盤技術になってきました。
加えてGPUは産業分野のCAEにも有用になってきました。(図2)
プロメテックグループ会社である「GDEPソリューションズ」は、GPUプラットフォーム事業ビジネスを行なっており、様々な分野/業界の内容を取り上げ、幅広く発信することを試みています。
こうした中、2013年に創設されたCG研究所が2019年4月にプロメテック社に移管され、プロメテックCGリサーチ(注1)として活動しています。
我々のGPUを基盤技術としたAIやCGへの応用の技術進化について紹介したいと思います。
2. GPUの進化
元来、CG画像を生成するのは計算機の根幹であるCPUによる計算でしたが、GPU(Graphics Processing Unit)(図3)で処理することにより、高速な画像の表示が可能になりました。
CGの目的はリアルな画像の生成であり、そのための代表的な方法はレイトレーシングとラジオシティ法(注2)です。両技術とも計算時間がかかる方法です。
NVIDIAをはじめとするGPUのメーカーの技術進歩は目覚ましく、レイトレーシングでさえリアルタイムに表現することが可能になり、非常にフォトリアルな表現がリアルタイムで実装ができるようになりました。
レイトレーシングとは、映画などで実物のようなリアリティのある世界をプリレンダリングするために使われている技術です。
実は、NVIDIA社はSGI社から出た人により起業されたものです。このSGI社は前述のラジオシティ法をハードウェアで実現しており、SGIのグラフックワークステーションには購入時からGPUを利用したラジオシティ法が組み込まれていたこともあります。
注2に説明があるように、世界初のラジオシテイ法の計算例を図12に示します。
GPUは、コンピュータゲームに代表されるリアルタイム画像処理に特化した演算装置あるいはプロセッサですが、グラフィックコントローラなどと呼ばれる、コンピュータが画面に表示する映像を描画するための処理を行うICから発展しました。
特にリアルタイム3DCGなどに必要な、定形かつ大量の演算を並列にパイプライン処理するグラフィックスパイプライン性能を重視している。特にGPUワークステーションを使った開発はCPUを使ったシステムと比べて数百倍の高速化を実現し、大幅な精度の向上や従来できなかった新分野への活用も実現しています。
一方、この数年、人工知能や機械学習分野でのディープラーニング(深層学習)が学校、研究機関のみならず産業用途でも盛んになり、画像解析や音声認識、文書解析など様々な業種で開発、活用が始まっています。 そのようなAI開発分野の最前線でご利用できるディープラーニング専用ワークステーションも出ています。
3. 受賞者にみるCG・AIのパイオニア
米国ACMの チューリング賞 はコンピュータサイエンスにおける最高峰であり、この分野のノーベル賞といわれています。
2018年、2019年と連続しAIおよびCGの研究者がチューリング賞を受賞しました。
すなわち、2018年は人工知能(AI)の研究者(ディープラーニング革命の父たちと呼ばれる)としてニューラルネットワークの理論を確立したジェフリー・ヒントン(トロント大学教授でGoogleのエンジニアリングフェロー)、ヤン・ルカン(ニューヨーク大学教授でFacebookのAIラボ所長)、ヨシュア・ベンジオ(モントリオール大学教授)の3人が受賞しました。
今ではあらゆる企業の戦略の中核をなしているAI技術ですが、かつてはAIが時代遅れとされていました。それでも彼らは研究を続け、ディープニューラルネットワークをコンピューティングにおける重要な基盤にしました。
2019年は、CGの研究者エドウィン・キャットマル(ピクサー社の創始者)、 パトリック・ハンラハン(スタンフォード大学教授、以前ピクサー社)の2名が受賞しました。
図4は、ハンラハン教授が東京工科大に講演に来られた際に西田と再会したときの写真です。
古くはAIでは、1969年は マービン・ミンスキー(人工知能分野の創造,発展における中心的な役割)、1994年は エドワード・ファイゲンバウム、ラジ・レディ(先駆的な大規模人工知能システムの設計開発)が受賞しています。
一方CGでは、これまで1988年のアイバン・サザランド、2003年にアラン・ケイと計4人のCG研究者が受賞しました。図5は、サザランド教授が京都賞受賞され来日された際にクーンズ賞受賞者同士として会話した際の写真です。
このように多くの受賞者がおられることにより、コンピュータサイエンスにおけるCGやAIの重要性が再認識できます。
なお、CG界での最高の賞はACM SIGGRAPHの クーンズ賞 で、サザランドが第1回目、キャットマルは第6回目、ハンラハンは第11回目の受賞者で、そして西田が第12回目の受賞者です。
特に彼らは師弟関係などの関連が興味深く、ユタ大学でのサザランドの生徒がアラン・ケイとキャットマルです。
MITでのサザランド博士の主査がシャノンであり、シャノンは情報理論の生みの親です。
ユタ大学卒業後、ジョージ・ルーカスの映画会社で勤務していたキャットマルを誘い、アラン・ケイの仲介でスティーブ・ジョブズ(アップル社創業者)が出資してピクサー社を創設しました。
そのピクサー社でソフト開発していたのがハンラハンです。
(私は論文委員会等で彼ら全員に会ったことがあります。私のクーンズ賞の受賞講演に続き、ジョージ・ルーカスが同じステージで講演しました。)
クーンズ賞受賞者には盾と記念品が与えられますが、図6に記念品としてクーンズ曲面でモデル化された彫像を示します。
図7は、歴代の受賞者に囲まれた西田の写真で、図8は西田の受賞講演に続いて行われたスターウォーズの監督、ジュージ・ルーカスの講演です。
ここでAIとCGの歴史を考えます。
AIの起源は、ジョン・マッカーシー,マービン・ミンスキー,クロード・シャノンが、ダートマス会議(1956)でAIを提唱されました。
このシャノンが「CGの父」といわれたサザランドの博士審査の主査であることから、AIとCGの接点があります。
図9のように、以後AIとCGの技術が進化してきました。
国際会議とそれぞれの分野での技術が書いてあります。
日本での評価も考えると、ACM(米国計算機学会)の日本版が情報処理学会であり、この情報処理学会で最も権威ある国際的な賞に船井業績賞があります。
この賞の受賞者には、「パソコンの父」と言われるアラン・ケイ、人工知能の先駆者マービン・ミンスキー、並列計算機の世界的権威の William James Dallyらです。実は本年の受賞予定者が西田です。
京都賞の先端科学部門 も有名で、CG関連では2004年のアラン・ケイや、2012年サザランドが受賞し、AI関連は1988年にジョン・マッカーシが受賞しています。
才能ある研究者の多くは複数の学会から受賞されているのも興味深いです。
また、SIGGRAPHにおいてはアチーブメント・アワードがあり、CGの基本技法のレイトレーシング、ラジオシテイ法などの開発者が受賞しています。
興味深いのは今回のテーマのグラフックスハードウェア関連で、2002年受賞のデビッドカークです。
デビッドカークは「GeForceシリーズの父」と呼ばれる人物です。
彼はMITを卒業後,Apollo Computerに入社,カリフォルニア工科大学で本格的にCG研究し博士号を獲得しました。1996年にNVIDIAからヘッドハンティングされて同社に入社しました(1997年から2009年までチーフサイエンティスト)。
その彼が2007年 東京大学 本郷キャンパスで講演し(図10参照)、その際にプロメテック社(当時本郷キャンパス内)に西田が彼を紹介し、以後同社やGDEPがNVIDIAの製品を扱うようになった経緯があります(図11)。
この際の講演は、「CUDA」と「Tesla」についてで、後者がG80 GPUをベースにしたHPC(High Performance Computing)向けアクセラレータで、前者がその汎用プログラミングモデルです。
彼はTesla(G80)のアーキテクチャを紹介し、GPUを用いて大規模な並列計算処理を行なう手法について解説されました。
また、2013年に西田が東京大学を退官する記念講演会(柏キャンパス)においても特別講演をされています。
4. 我々のCGやAI研究分野
GPUを基盤にしたCGや人工知能に関する我々の研究を簡単に紹介します。
物理ベースの画像生成が中心に研究をしてきました。その場合、単にレンダリングするというのではなく、種々の現象をシミュレーションし、それを可視化することになり、計算量の点からもGPUに依存することになります。
著者らは、照明効果、自然現象、インタラクティブレンダリング、計算機フォトグラフィー、形状処理、NPRなど多岐にわたる研究をしてきました。
CGはどんな方法も高速化は目標としていますが、積極的にハードウエアの機能を利用した高速化について紹介します。
形状(粒子、曲面)に依存するものと、照明効果や流体などシミュレーションの複雑なものが対象となります。
粒子状の表示や、レイトレーシングなどが代表的で、粒子状で半透明である雲などのレンダリングに有効です。さらに光の光跡、ボリュームライトなどは基本的にレイトレーシングを基本にしています。
曲面のレイトレーシング法の場合、レイと曲面の交点は高次の多項式を解きますが、これを効率的に解くための方法として、西田らは1990年ベジエクリッピング法をSIGGRAPHで発表しました。
この方法は多項式の解法が必要な多くの方法に利用できます。例えば陰関数で表現されるメタボールの表示があり、これにGPUを適用すると高速に表示できます。
あるいは密度分布で表現されるボリュームレンダリングに有効です。雲などの半透明なものは多層の半透明層の重ね合わせとして計算できるのでハードウェアを利用して高速画像合成で計算できます。これは大気の散乱光にも同じように適用できます。
一方、人工知能分野では、ニューラルネットワークが進展しデープラーニングになりますが、CGにも有効なAI技法として、セルオートマトン、 GA(遺伝的アルゴリズム)、カオス、CML, 自己組織化、群衆、ボイド、Lシステム、複雑系などがあげられます。
我々のグループでは、セルオートマトンやGAを使った研究は次のものがあります。
雲、火、砂の動きにはセル・オートマトン、雲の生成、火山噴火のシミュレーションにCML、雲のパラメータ探索に遺伝的アルゴリズム、照明設計の最適化にカオスニューラルネットワークを利用した論文を発表しました。
5. おわりに
GDEPソリューションズでは、GPUプラットフォーム事業ビジネスを行なっており、様々な分野/業界での応用が期待されています。
本来GPUはCGにおける描画の高速化が目的でしたが、並列計算機能や専用の行列演算機能を活かし、各種シミュレーションに利用されるようになり、今ではAIの基盤要素となっています。
コンピュータサイエンスにおけるトレンドは受賞者の分野で判断できるので、AIやCG研究の受賞者を紹介しました。また受賞者の1人のデビッドカークがプロメテック社とNVIDIAの連携へのきっかけとなったことも紹介しました。
今後の連載にも参考になるように、GPUを基盤とした研究の代表的なものを示しました。
今後の本コラムでは、プロメテックCGリサーチのメンバーより具体的なGPU利用の研究を紹介します。
注釈
注1)プロメテックCGリサーチ
この研究所は、ベンチャー企業のUEI社 社長の清水亮氏(現ギリア社長)が、西田が東大退職後も研究を続けられるように研究所設立を提案され、2013年4月にUEIリサーチとして設立されました。研究所の目標としてはCGのトップコンファレンスで論文発表し、世界的なレベルの研究機関となるとともに後継者(研究者)の育成である。2015年研究所は東証一部上場企業の株式会社ドワンゴ(当時川上会長)に移管され、さらに2019年4月には現在のプロメテック社に移管されました。
流体計算の豊富な実績を持つ プロメテック社 と密に連携をとることで、新しい時代の産学連携の形を実現するべく目指しています。
注2)ラジオシティ法
壁などによる光の相互反射を計算することで間接光まで計算しリアルな照明効果を表現する方法です。1985年のSIGGRAPHでコーネル大学と独自に西田らにより発表されました。実際は日本国内の学会で1984年には発表していました。コーネル大学の提案した方法は、ヘミキューブ法で遮蔽効果を考慮するラジオシティ法で、この方法はハードウェア化に適していました。
ただ精度が十分ではなく、今ではハードウェア化する方法は使用されていません。いづれにしてもこれらの研究がきっかけで、今日まで数百ものラジオシティ法関連の論文が発表されています。
大別し、シーンを有限要素に分割し要素間の光の授受を連立方程式として解く方法と、確率分布にもとづくモンテカルロ法に基づく解法があります。
著者紹介
西田 友是 先生
東京大学 名誉教授
プロメテックCGリサーチ 所長
大学客員研究員、1990年から福山大学教授。1998年10月から東京大学大学院理学系研究科情報科学専攻教授。1999年から新領域創成科学研究科複雑理工学専攻教授。2013年から修道大学教授、また同年に民間の研究所(当時UEIリサーチ、現プロメテックCGリサーチ)を設立し研究所長。
日本におけるCG研究のパイオニアであり、3次元物体のリアルな表現法、照明シミュレーション、景観予測、自由曲面の表示等の研究に従事。1987年情報処理学会から山下記念研究賞受賞(CG分野で初)、2005年ACM SIGGRAPHからSteven A. Coons Award受賞、2017年ASIA GRAPHICSからLifetime Achievement Award, 同年紫綬褒章を受章、2018年ACM SIGGRAPH academyの初代会員への選出。2006年画像電子学会において「西田賞」(国内の優れたCG論文に授与)が創設された。