早稲田大学 / 理工学術院 / 先進理工学研究科 / 共同原子力専攻
教授
山路 哲史 先生
2023年2月
早稲田大学様に、グループ会社 プロメテック・ソフトウェアによるプログラム高速化 受託サービスをご利用いただき、GPUシステムを弊社より導入いただきました。
ご研究の内容や成果について、研究コードの高速化に至った背景やその効果を交えてお話を伺いました。
早稲田大学 山路哲史 先生は、原子炉設計工学や原子炉物理学などを専門に研究されてきました。
現在は、2011年に事故を起こした福島第一原子力発電所の廃炉に向けて、先進的なシミュレーション手法を駆使し、「どのように事故が進展したのか」を明らかにしようとしています。
高さ4メートル級の炉心が溶け落ちて数日以上にわたった福島原発事故。
これほど大規模な事象をシミュレーションして解析するには、今までの計算リソースでは対応できないという課題がありました。
今回のプロメテックとの共同研究事業では、研究コードをGPU化し、計算の並列化の効率を上げることによって、解析が可能なところまで持っていくことができました。
原子炉圧力容器の下の構造物群の一部に着目し、そこで燃料デブリがどう変化していったかについて、新たな理解につながる結果が得られたといいます。
課題背景
研究コードをGPU化、計算の並列化の効率を上げて、先進解析を活用したい。
オンプレミスとクラウドのハイブリッド環境で、研究を効率化したい。
計画通りに目標成果のアウトプットが求められる国の事業を着実に進めることが出来るプロジェクト体制を構築したい。
先進解析により、見えないプラント内部の状況を明らかに
福島第一原子力発電所の事故は、設計の想定を超えた事故でした。
しかし、そうした場合でも、プラントの状態や環境への影響を評価する「原子炉過酷事故」の研究は従来からありました。
図中(1)に当たる「事故がどこまで進展するのか(事故進展解析)」が主に研究されてきていたのです。
出典(1・2・3号機の推定図):2021/3/9(火) 福島第一原子力発電所事故発生後の
原子炉圧力容器/格納容器内の状態推定(東京電力ホールディングス株式会社)
https://www.tepco.co.jp/library/movie/detail-j.html?catid=61709&video_uuid=m88yqm90
しかし、事故が起きた後においては、「事故がどこまで進展するのか」だけでは不十分で、「事故がどのように進展したのか」を明らかにしなければなりません。
そのためにも、事故現場から得られるさまざまな情報にもとづき、仮説を立てるわけですが、その情報はすごく断片的です。
例えば、「デブリのようなものが見つかった」や「特徴的な粒子が発見された」などといったものです。しかしこれらの情報だけでは、どのように事故が進んで、今、どのような状態なのかを正確に評価することはできません。
そこで大きな役割を果たすのが、図中(3)にある「先進解析」です。
これは、機構論的な解析手法になります。
例えば、核燃料が溶け落ちる様子をできるだけ精緻なモデルで解析する、といったものです。
その結果から、現在の現場の状況が説明できれば、それを図中(1)の事故進展解析にフィードバックすることで、事故がどう進んだかについてより詳細に理解できます。
私たちは、このような先進解析によって限られた事故現場の情報からは見えないプラント内部の状況を明らかにする研究に取り組んでいます。
研究コードのGPU化でCPUの約10倍の性能改善!
こうした先進的なシミュレーション手法で解析し、意味のある結果を得られるかどうかは、ひとえに計算モデルの精度に依存しています。
高さ4メートル級の炉心が溶け落ちて数日以上におよぶ現象を、高い精度でシミュレーション解析しようしても、以前の研究室の計算資源では、とても難しかったです。
今回のプロメテックにお世話になった共同研究事業では、原子炉圧力容器の下の構造物群の一部に着目して、そこの燃料デブリがどう変化していったのかを解き明かしていこうと試みました。
これは、従来の我々の手持ちの計算リソースでは、解析できなかったものでした。
プロメテックのサポートのもと、研究コードをGPU化し、計算の並列化の効率を上げる、という二つの手法によって、意味のある解析ができるようになり、新たな理解につながる結果を示すことができました。
先進的な解析手法において、今、一番ネックになっているのは、やはり計算パワーです。
実際の空間スケールや時間スケールに対応できるだけの大規模なシミュレーションは、これまでできなかったわけですが、コードのGPU化によって、なんとかできそうなところまできたと実感しています。
GPU化の今後の発展に、ますます期待しています。
オンプレミスとクラウドを使い分ける
オンプレミスとクラウドを使うことで、研究の進め方がより柔軟で効率的になると期待しています。
特に今回のような国の事業を進める場合、決められた期限までに、ある一定の目標を達成する必要があったため、研究の進め方の柔軟性と効率向上が課題でした。
我々の研究は、いろいろな議論をし、多くの仮説を立て、モデルを考え、試行錯誤して計算してみる。この繰り返しです。
そうした中で、仮説を絞り込んだ後、極めて短期間に多くの解析をこなさなければならないフェーズがどうしても出てきます。
そこで、研究開始初期から中期までの試行錯誤する期間は、計算パワーは限られていますが運用が柔軟なオンプレミスで実行しました。
そして、その結果をベースに、ある程度モデルが決まってきたところで、最後にデータを一括して取りまとめ、検証する際に短期間に大きな計算パワーを得られるクラウドを使いました。
こうしたオンプレミスとクラウドのハイブリッド環境は、とても効果的だと感じました。
今回の共同研究業務について
こうしたプロジェクト型の研究は、ゴールが決まっていて、どのようにして知恵を絞って、期限までに結果を出すかが重要になってきます。
大学においてこれまでに私と学生とで取り組んできた研究では、あまりこういった経験がなく、とてもいい勉強になりました。
例えば、週次の進捗ミーティングを実施して、残された期間中に目標を達成するには多くの課題のうち、どの課題に優先的に取り組むべきかという視点の議論は新鮮でした。
また、ファイルやソースコード管理システムを導入し、現在直面している課題の認識について、ソースコードやインプットファイルのレベルでメンバー間の齟齬がないようにするなど、プロジェクトの進め方について多くのノウハウを得られたと思います。
今後もこうした経験を積ませてもらいながら、さらに改善していければと思っています。
取材:プロメテック・ソフトウェア株式会社